オクスフォードのWolvercote墓地にはトールキン夫妻の墓があり、中つ国の最も有名な恋物語の一つから、「ベレン」そして「ルーシエン」の名が刻まれている。
トールキンの最初の文学野心は詩人であることだったが、若い頃の第一の創作欲は架空言語の創造だった。それらは後でクウェンヤとシンダール語に発展するエルフ語の初期の形態を含んでいた。 言語がそれを話す民族を指し示し、民族が言語の様式と視点を反映する物語を明らかにすると信じて、(この名前が紛らわしいと考えるようになったのでいくらか後悔することになるが)後にエルフと呼ぶようになった伝説の妖精についての神話と物語を書き始めた(英語で書いたが、かれの創造した言語の多くの名前や用語を含んでいた)。 第一次世界大戦の間、療養中に書きはじめた『失われた物語の書』にはベレンとルーシエンの恋物語が含まれ、これらは後に長い物語詩The Lays of Beleriandとしてまとめられ、自身が完成できなかった『シルマリルの物語』にも発展して含まれることになる。トールキンが繰り返し構想を変えていったことについては、死後に刊行された『中つ国の歴史』 The History of Middle-earthシリーズにしめされている。
トールキンはヨーロッパの神話から多くの影響を受けた。『ベーオウルフ』『エッダ』といったアングロサクソンや北欧神話といったゲルマン民族や、ケルト神話やフィンランドの『カレワラ』などの他の同様の源がある。
このまじめな大人向けの作品に加えて、トールキンは自分の子供たちを喜ばせるために話を作ることを楽しみにしていた。毎年毎年、「サンタクロースからのクリスマスレター」をしたため、一続きのお話を添えた。これらの小話はのちに一冊の本にまとめられ、『クリスマスレター付き サンタ・クロースからの手紙』として出版された。
トールキンは自分の空想物語が一般に受け入れられるとは夢想だにしなかった。かつての学生のとりなしで1937年に『ホビットの冒険』と題された本を出版した。子供向けを意図したにも関わらず大人にも読まれ、出版社 (Allen & Unwin) が続編の執筆を要請するほどの人気を呼んだ。これがトールキンを刺激することになり、1954年から1955年にかけて、最も有名な作品となる叙事詩的小説『指輪物語』が上梓された。『指輪物語』はしばしば「三部作」と表現されるが、本来は一編の物語である。現在、三部作として扱われることがあるのは、最初の出版時に編集上の都合で分冊されたのが定着したからである。このサガを書き上げるまでにほぼ10年かかったが、その間インクリングズの仲間たち、中でも『ナルニア国ものがたり』の作者で親友のC・S・ルイスは絶えず支援を続けた。『ホビットの冒険』も『指輪物語』も、『シルマリルの物語』の神話に続く物語であり、トールキンが書くときにはっきり述べていたように、ずっと後の物語である(どちらも、現在からは遥か昔のこととして書かれている)。
1960年代、『指輪物語』はアメリカの多くの学生たちの間で好評を博し、ちょっとした社会現象となった。現在でも世界中で高い人気を保っている『指輪物語』は、売上の点からも読者の評価という点からも、20世紀における最も人気の高い小説の一つとなった。英国のBBCとWaterstone's bookstore chainが行った読者の世論調査で『指輪物語』は20世紀の最も偉大な本と認められた。amazon.comの1999年の顧客の投票では、『指輪物語』は千年紀で最も偉大な本となった。2002年には、BBCの行った「最も偉大な英国人」の投票でトールキンが92位に、2004年に南アフリカで行われた投票では「最も偉大な南アフリカ人」の35位になった。英国人および南アフリカ人のトップ100の両方に現われるのはトールキンだけだった。その人気は英語圏だけにとどまらず、2004年には100万人を越えるドイツの人々が、『指輪物語(ドイツ題:Der Herr Der Ringe)』が広範囲の文学のうち最も好きな作品として投票した。
キャン ふかがわ プルート てっさく はだいろ バーモ ナローボ シーケン ぱぱいあ リナリア デッド トッカータ あまぎ セレクション チャート マグマ クサノオ レンチ ブッキ カネノナル フェース プロップ くけい テク ぶうぶう ゴロ シーソー おはじき ナップ タイダイ ワンセ タイピン マスコット ロード ワイマ ニチニ コカトリ ダナキ フリーラ ホンコン ミング ノーマ タミフ リトル バッテ スクエア カアト イソ次世 ミー スター
トールキンは当初、『指輪物語』を『ホビットの冒険』のような児童書にしようと考えていた。ところが書き進めるにつれ次第に難解で重々しい物語となっていった。『ホビットの冒険』と直に繋がる物語にも関わらず、より充分に成熟した読者を対象とするようになり、また後に『シルマリルの物語』やその他の死後出版された書籍に見られるような膨大な中つ国の歴史を構築し、それを背景にして書き上げた。この手法と出来上がった作品群の緻密で壮大な世界観は、『指輪物語』の成功に続いて出来上がったファンタジー文学というジャンルに多大な影響を残した。
トールキンは文献学のエキスパートであり、研究した言語や神話学は彼の創作にはっきりと影響を残している。『ホビットの冒険』のドワーフの名前は『エッダ』の『巫女の予言』から取られた。また、例えば「龍の蓄えからカップを盗む泥棒」などという一節は『ベオウルフ』から取られている。トールキンはベオウルフについての認められた権威で、詩についていくつかの重要な作品を出版した。かつては出版されなかったトールキンの『ベオウルフ』の翻訳はMichael Droutが編集した。
トールキンは中つ国の歴史を死の直前まで書き続けた。息子のクリストファ・トールキンは、ファンタジー作家ガイ・ゲイブリエル・ケイの助力を得て素材の幾つかを一冊の本にまとめ、1977年に『シルマリルの物語(The Silmarillion)』として出版した。クリストファはその後も中つ国創造の背景資料の刊行を意欲的に続けた(ただしその多くは未邦訳)。『中つ国の正典』シリーズや『終わらざりし物語』のような死後に発表された作品には、トールキンが数十年もの間、神話を考察し続け、絶えず書き直し、再編集し、そうして物語を拡張し続けていた結果、未完成だったり、放棄されたり、どちらかを選ばなければならない内容や、明らかに矛盾する内容の草稿が含まれている。『シルマリルの物語』だけは『指輪物語』との一貫性を維持するべく、クリストファは編集にかなりの労力を費やした。しかしクリストファ自身も『シルマリルの物語』には多くの矛盾が残っていると認めている。1951年の第二版で一つの章が抜本的に改訂された『ホビットの冒険』でさえ、『指輪物語』と完全に辻褄があっているわけではない。
アメリカのウィスコンシン州ミルウォーキーにあるマーケット大学の図書館は、トールキンの手書き原稿や覚書き、及び手紙の多くを保存している。一方オックスフォードのBodleian図書館には、『シルマリルの物語』関係の書類とトールキンの学術的な資料などが残されている。その他『指輪物語』と『ホビットの冒険』の手書き原稿および校正刷り、『農夫ジャイルズの冒険』といった多くの「マイナーな」作品の手書き原稿、ファンの作った編集作品といったものまでが貴重な資料として巷に出回っている。
言語
文献学、言語に関する研究はトールキンの最も好きな学問だった。それが高じて約15の人工言語を発明するまでになった。中でも『指輪物語』の二つのエルフの言語、「クウェンヤ」と「シンダール語」は特に有名である。更にこの言語が誕生した背景としての中つ国に間する宇宙論と歴史までも詳細に創り上げている。
彼の専門であるアングロ・サクソン語(古英語)や古ノルド語に加えて、ウェールズ語やゲール語、フランス語、スペイン語、イタリア語、その他のロマンス諸語、古サクソン語のようなドイツ語やオランダ語の初期の形のゲルマン諸語、バルト語、リトアニア語やロシア語のようなスラブ諸語、その他多数のヨーロッパの言語に様々な水準で通じていた。個人的な手紙の中でトールキンは、特にフィンランド語が彼の耳に心地よく響き、これがクウェンヤの着想を与えたと書いている。クウェンヤはかれの発明した言語の中で最も重要とされる。
言語の面では本の人気以上に、以後のファンタジー文学の中で広く永続的な影響を残している。言葉の使い方、特にドワーフの複数形を標準の「dwarfs」ではなく「dwarves」としたり、エルフの形容詞形を「elfish」ではなく「elvish」と表記するのはもはや常識となっている。
関連作品
1951年のミルトン・ウォルドマンへの手紙(Letters #131)の中でトールキンは「多少なりとも繋がっている伝説」を創造した意図に関して次のように書いた。
「循環は威厳のある全体に繋がりながら、絵画および音楽およびドラマという手段で他の人たちの心や手が参加する範囲を残すべきである」
多くの芸術家がトールキンの作品に触発された。トールキンが個人的に知っていたのは、ポーリン・ベインズ(トールキンの好きな『トム・ボンバディルの冒険』と『農夫ジャイルズの冒険』のイラストレーター)と、ドナルド・スワン(『道は続くよどこまでも』に曲を付けた)だった。1970年代初期、デンマークのマルグレーテ2世は『指輪物語』のイラストを描いた。作品を贈られたトールキンは、女王のイラストと彼自身の絵の様式との類似点に驚いたという。
しかしトールキンは、生前に行われた彼の著作に基づいた別の分野の作品をほとんど評価せず、時にはこっぴどくこきおろした。
1946年の手紙(Letters #107)では、ドイツ版『ホビットの冒険』ためのホルス・エンゲルスのイラストの提案に対して、あまりにもディズニー的であると拒否した。
「たれた鼻のビルボ、わたしの意図したオーディンのような放浪者でなく下品な道化になってしまったガンダルフ」
また彼はアメリカのファンダムの出現にも懐疑的で、1954年にアメリカ版の『指輪物語』のブックカバーの提案に次のように回答している(Letters #144)。
「『宣伝文』の案を送ってくれてありがとう。アメリカ人は概して批判または修正に全く従順ではない。しかし彼らはたいして努力していないので、私が改善するためにかなり努力をせざるを得ないと感じる」
そして1958年、Morton Grady Zimmermanが提案した映画化構想に対し、いらいらした様子でこう書いている(Letters #207)。
「著者の焦燥(しばしば憤慨していること)を理解するのに充分想像力を働かせるようお願いしたい。彼は自分の作品が一般に不注意に、場合によっては無謀に扱われ、どこを探しても敬意の払われている印がないのに気付いている」
この手紙には脚本の場面ごとの批判などがとうとうと続く(「またしても、けたたましい音や、ほとんど無意味な切りあいの場面である」)。しかしトールキンは映画化という考えについて全く反対していた訳ではない。1968年、彼は『ホビットの冒険』と『指輪物語』の映画化、上演権および商品権をユナイテッド・アーティスツに売った。その際製作への影響を懸念して、将来にわたりディズニーが関与することを一切禁止した(Letters #13, 1937年)。
「アメリカ人が心地よく見るために可能な限り(中略)、(わたしがその作品について心からの嫌悪している)ディズニー・スタジオ自身のものか、それに影響を受けたもの全てを拒否することを(中略)忠告しておいたほうがいいだろう」
ジョン・ブアマンが70年代に実写による映画化を計画したものの、結局ユナイテッド・アーティスツは1976年に製作の権利をソール・ゼインツ社の傘下にあったトールキン・エンタープライズに売却。ユナイテッド・アーティスツが配給にまわって最初に実現した映画化は『指輪物語』のアニメーション作品だった。ラルフ・バクシ監督によるロトスコーピング手法で製作され、トールキンの死後、1978年に公開された。
その後『指輪物語』の配給権はミラマックス社を経てニューラインシネマ社に移り、2001年から2003年にかけてピーター・ジャクソンの監督によって三部作の映画として初めて実写映画化され、娯楽性に重きを置いた内容で空前の大ヒットを記録した。
書誌
創作
1936年 Songs for the Philologists, E.V. Gordon他と共著
1937年 『ホビットの冒険』The Hobbit or There and Back again
1945年 『ニグルの木の葉』Leaf by Niggle Dublin Review誌に掲載
『農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集』2002年 ISBN 4-566-02110-6 所収
1945年 『領主と奥方の物語(レー)』The Lay of Aotrou and Itroun, Welsh Review誌に掲載
辺見葉子訳、「ユリイカ」1992年7月号所収、青土社
1949年 『農夫ジャイルズの冒険』Farmer Giles of Ham
『農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集』2002年 ISBN 4-566-02110-6 所収
1953年 The Homecoming of Beorhtnoth, Beorhthelm's Son 論考 Ofermodとともに出版された
『指輪物語』The Lord of the Rings
1954年 第一部『旅の仲間』The Fellowship of the Ring
1954年 第二部『二つの塔』The Two Towers
1955年 第三部『王の帰還』The Return of the King
1962年 『トム・ボンバディルの冒険』The Adventure of Tom Bombadil
『農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集』2002年 ISBN 4-566-02110-6 所収
1964年 『樹と葉』Tree and Leaf
『妖精物語について』
『妖精物語について ファンタジーの世界』 猪熊葉子訳 評論社 2003年 ISBN 4-566-02111-4 所収
『ニグルの木の葉』
『農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集』2002年 ISBN 4-566-02110-6 所収
1966年 The Tolkien Reader (The Homecoming of Beorhtnoth Beorthelm's Son, On Fairy Stories, 『樹と葉』, 『農夫ジャイルズの冒険』および『トム・ボンバディルの冒険』)
1966年 Tolkien on Tolkien (自伝的)
1967年 『星をのんだかじや』Smith of Wootton Major
『農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集』2002年 ISBN 4-566-02110-6 所収
1967年 『道は続くよどこまでも』The Road Goes Ever On, ドナルド・スワンと共著